Q&A LIFE
歯物語

いくつもの
No.002
口から食べるのか、食べないのか 誰が決めるの?

あらすじ
私が歯科医師3年目。訪問診療をはじめて半年、ある一人の患者さんと出会った。
パーキンソン病で口から食べる機能が落ちて、口から食べることができない。
Kさん。栄養は100%胃ろうからの80代男性。
訪問看護ステーションからの依頼で、何とか食べさせてあげることはできないかと。
年齢とパーキンソン病で明らかに機能低下がある。まだ知識も経験も乏しい自分が一体何ができるのか。
自分の歯科医師としての方向性を決める関わりになった物語
「どうしても口から食べさせてあげたい患者さんがいるのですが診てくれませんか?」
大阪での勤務医時代。歯科医師として3年目。訪問診療をはじめて半年。ある訪問看護師さんからそんな一つの依頼が入った。
その患者さんは、食べる機能が徐々に低下し、口から食べることができなくなっていた。
「パーキンソン病で今は口からは何も食べていなくて、栄養はすべて胃ろうで管理しているんです。」
依頼してきた訪問看護師さんは、患者さんご本人とその奥さんの強い思いがあり、何とかならないかと悩んでいるとのことだった。
できるだけ安全に、少しでも口から食べる楽しみを味わいながらその人らしく過ごせるように。
ご本人も、関わる周りの医療者・介護者もみんなが同じ思いを持っている様子だった。
患者さんご本人とその奥さんは本当に熱心で、人柄も素晴らしいからか関わっている方も本当に熱心で良い方ばかり。
(何とか食べさせてあげたい。でも、口から食べるかどうか、食べさせて良いかどうか、誰がどうやってそれを決めるのだろう?)
口から食べることで命の危険があるKさん。
もし何か悪い事態となったとき、決めた人はとても責任を感じてしまう。その責任の重みで、決めた人はうつ病になってしまうこともある。
だからなかなか決めることができない。
その責任を医療者にしろ、ご家族の方にしろ、だれか一人に負わせることもできない。
(どうすれば良いんだろう・・・)
私は、まずはできるだけ安全に口から食べるための方法を模索した。
自分に知識と経験が不十分だったので、病院研修でお世話になった指導医の先生に摂食嚥下分野の専門家の戸原先生(現東京医科歯科大学教授)を紹介してもらった。
戸原先生は摂食嚥下リハビリテーションでかなり有名な先生。でもかなりフランクな先生で、快く相談に応じてくれた。
「見学くる?今大学院生に向けて実習もしてるから参加しても良いよ」
戸原先生にそう言ってもらったので、勤務先の院長に許可をもらい、私は最短で診療を調整して東京に向かった。
大学で大学院生と一緒に、実習したり、戸原先生の訪問診療に実際について行って勉強させてもらった。
「まあ、正直、パーキンソン病だとちょっと難しいかもしれない。かなり機能が落ちる前のもうちょっと早い段階から取り組むのが大事ってのが今わかってきてることかな。」
戸原先生の見解としてもKさんの場合、かなり食べることは難しいとのこと。
「ただ嚥下内視鏡検査をしながら、検査のためにも少しでも食べてもらうのは良いんじゃない?検査で安全を確認しながら食べてもらって、リハビリしてを繰り返しながらまたどうするかを考えないとね」
「いや嚥下内視鏡はもってないんです。」
「買ってもらえば良いじゃん?もうここで実習して使えるんだし」
(100万円近くするのに・・・)
いやいやなかなか軽い口調で無茶を言う。でも簡単に核心をついてくる。ナチュラルに頭が良い。そんな印象の先生だった。
そんな戸原先生が言っていたことがある。
「たぶん、今そうやって一生懸命この患者さんに向き合っていることは内藤先生にとってよりどころとなるような経験になると思うよ。」
本当に核心をついている。
戸原先生のアドバイス通り、院長に頼み込んで、嚥下内視鏡を導入してもらった。リハビリメニューも作った。
それと同時に、できるだけ後悔なく決めるための意思決定の方法も必死で探した。
その結果、見つかった一つの答え、それはシェアードディシジョンメイキング(SDM)という意思決定の方法。
シェアードディシジョンメイキング(SDM)とは、医療者と患者さんが話し合って、一緒に答えをみつけていくことで、最も患者さんが納得できて、後悔の少ない答えにたどり着けるというもの。
当時、インフォームドコンセントという、医師が説明して、患者が同意するというコミュニケーションに代わる、新しいコミュニケーションとして注目を集めていると、京都大学の先生が教えてくれた。
「みんなで一緒に決めよう。これしかない。」
私はそう思い、すぐにみんなを集めて話し合いを行った。
その場で戸原先生に習った嚥下内視鏡検査結果を行い、それを共有した。
結論として、戸原先生の言っていたように、検査の目的もかねて、楽しみ程度に口から食べることを決めた。
もちろん、考えられるリスクはできるだけ下げるためにやれるだけのことはやりながら。
結果として、少しでも食べることができたので、ご本人、ご家族にはとても喜んでもらえた。
しかしその半年後-
Kさんは肺炎で亡くなった。
(自分たちが決めたことは本当に良かったのだろうか・・・)
私は正直すごく悩んだ。
でも、Kさんの奥さんの言葉に救われた。
「何を選んでも正解だったと思います。それは私たちが納得して決めたことだからです。自分たちのことを考えて一生懸命関わってくれて本当にありがとう。本人もとても喜んでいました。」
どの選択が本当に正しいかは誰にもわからないことがある。
だからこそ後悔のないように納得して決めることが大事なのではないか。
もちろん、一人ひとり、事情や価値観も違うので、同じようなご病状でも、別な答えになる場合もある。
同じ人でも、タイミングによって別な答えになる場合もある。
シェアードディシジョンメイキング。
日本語で共同意思決定とも言う。
それは正しい意思決定というより、できるだけ後悔しないための納得できる意思決定。
私はこの経験以降、この考え方をもとにして、患者さんが本当に納得できる治療方針を探すようになった。
一緒に決めるようになった。
そうすると、患者さんにとって本当に最適な歯科医療を提供することできる。
Kさんとの関わり以降、そう信じ続けて今につながっている。
あとがき
「正しい答えよりも納得できる答えを」
これは私が歯科医療の方針を決める上で大事にしているスタンス。
Kさんとの出会い以前は、歯科医師として正しい答えを求めていた。それが歯科医師として正しい姿だと信じていた。
というか、それしか知らなかった。
もちろん今でも歯科医師として正しい答えも探すが、最終結論は、患者さんも自分も納得できる答えにたどりつく。
これは、お互いというのが大事。患者さんが納得していることはもちろん大事だが、あまりに自分が納得できない答えを続けると、自分がつらくなってしまう。
だからその患者さんと長く関係を続けることも難しくなる。良い関係を続けていくためにはお互いが納得していることが重要だと思う。
Kさんとの出会いは自分の歯科医師としての方向性を決めたといっても過言ではない。
あれから10年以上になるが、この時考えたことが核となって、試行錯誤の末、今こうしてキューアンドエー歯科医院でのサービスであるパーソナルライフタイムプラン(PLP)が作られた。
歯科医療の業界的に足りないのではないかと感じるシェアードディシジョンメイキングや、なんでも話せることのできる空間や人。
それらによってつなぎなおされる歯科医院と患者さんとの関係性(デンタルシップ)。
PLPというサービスができ、今こうして歯科医院と患者さんとのいい関係を築けるキューアンドエー歯科医院があるのも、Kさんやその時関わった方たちとの出会いのおかげであり、当時の自分としては、それ以上できないくらい真剣に向き合ったからだと感じている。
戸原先生の言った通りだった。
あの先生、すごい。
執筆者:内藤(歯科医師)